産まれるまで

妊娠からの病気発覚

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息子の病気が分かったのは30週過ぎてからでした。
妊娠してから、マタニティヨガやマタニティスイミングに通っていて、そこでいつも測ってもらう心拍も問題なく

「元気いっぱいですね」

なんて言われていました。
胎動も感じていて、ぼこぼこお腹を蹴っているのが可愛くて、
近所の川辺を散歩しながら、春の陽気の中幸せいっぱいでした。

もしも、産まれてきた子に障害があったら?
考えたことはもちろんあります。

それでも妊娠すること自体が奇跡だと思っていた私は、羊水検査をすることで無駄なリスクを背負うよりも、覚悟を決めて産もうと、検査はしませんでした。

ただ、妊娠中ずっと「赤ちゃんの頭が小さい」と言われていました。

頭が小さいことがそんなに問題なのか?

医者もよく分かっていなかったんでしょうね。
胎児スクリーニングをしてもらったんですが、そこでは心臓をよく見ていたようで、異常は見つけてもらえなかったです。

異常が見つかったのは34週頃。
突然、理由も告げられず大学病院を紹介されました。
渡された紹介状を盗み見てみたら、、、

脳室の拡大

一瞬頭が真っ白になりました。
震える手でスマホから検索すると出てきたのは、「水頭症」

え?頭が小さいって言われてるのに?なに?水頭症って、どういうこと?
重症な病気なの?治るの?

まさか自分の子が、という思い。
覚悟していたはずなのに、実際全く覚悟できていなかったんです。

胎児の障害といえばダウン症ぐらいしか知らなかった私。
それが大学病院に行って告げられた病名はキアリ2型奇形。

なんじゃそりゃー??
ですよ。

しかも担当してくれた先生が、私達夫婦を傷つけないためなのか、簡単な病気のように言うじゃないですか。
おしりに髄膜瘤というコブができているから、まずここを手術。
そして、この髄膜瘤のせいで脳まで引っ張られていて脳室の髄液が流れていないから、脳室の髄液を流すための手術。
2つの手術が必要だと。

私「その手術をすれば治るんですか?」
医者「はい」

その時私はその言葉にとても安堵しました。
手術は大変かもしれないけど、手術さえすれば、普通に生きられるんだ、と。

けれど、医者はさらっと付け加えました。
「足の運動麻痺や排泄機能に少し障害がでる場合がある」と。

まだ二分脊椎症なんて言葉も知らなかった私です。

それからまた、手術をするために別の大学病院へ転院しました。

マタニティヨガやマタニティスイミング、母親教室なんかの予約も初めの病院でしていたのですが、行く気になれなくてキャンセルしました。

キャンセルの電話をするのも辛かったです。

キアリ奇形
帰ってから詳しく調べました。

二分脊椎症、水頭症。
足が動かせない。
シャントというチューブのような異物を頭に埋めないといけない
おしっこもうんちも自分でできない。もしくは垂れ流し状態。

調べれば調べるほど辛い現実が書かれていました。

想像していたよりもずっと重症だったのです。

私は、確かに羊水検査ができる週数だった時覚悟したはず。
障害があっても産む、と。

でも実際本当に障害が見つかった時、そんな覚悟は跡形もなくなってしまいました。

産めないし、育てられない。
この子が将来自分を悲観して、どうして自分を産んだの?と責めるかもしれない。
どうしてこんな障害を持って産まれなければならないのと恨まれるかもしれない。
産むことが罪になるかもしれない。

でももう34週だったんです。
お腹も下がってきていて、いつ産まれるか分からない状態だったんです。

死ぬしかないとも思い詰めました。
34週でおろすことは、もうその場で赤ちゃんを殺すのと同じ。
ならばこのまま一緒に死ぬしかないでしょう。

泣いて泣いて泣いて
脳が麻痺したようにジンジンしました。

お腹の赤ちゃんに影響があるとかもう考えられなかったです。

狂ったように毎日毎晩スマホから病気の情報を検索していました。
眠れなくて。

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妊娠からの病気発覚” への1件のフィードバック

  1. 私は今20週目なりました。
    性別楽しみにしていました。
    同じようにエコーで
    キリア奇形と診断されました。もう頭がいっぱいです、どうするべきなのかもわからなくて

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